みる
元禄11年(1698年)、水野家断絶後の検地によって、旧福山藩領は15万石とされ、そのうち5万石分が幕府領へ編入されて上下に代官所が置かれ、安那郡・神石郡・甲奴郡の計71ケ村(約4万石)を管轄していました。
享保2年(1717年)、幕府領のうち2万石分が豊前中津藩領となり、上下代官所は廃止され、石見大森代官所の出張陣屋と改められて、神石郡・甲奴郡などを管轄し、幕末まで存続していました。
その後、代官所の跡には、旧市役所支所が建っていました。
周囲の石垣は往時のまま残されています。